<Header>
<Author: 李頎>
<Title: 聽董大彈胡茄兼寄語弄房給事>
<Format: 七言古詩>
<Year: 1988>
<BookName: 唐詩三百首詳解  上卷>
<Translator: 田部井文雄>
<style: 現代文有假名>
<style2: 日本現代譯文附假名標注>
<TranslatedTitle: 董大の胡茄を弾くを聴き兼ねて語を寄せて房給事に弄る>
<BookPage: 66>
<UsedPage: 1>
<Feature: 0>
<End Header>
<Poem>
蔡女昔造胡笳聲，一彈一十有八拍。
胡人落淚沾邊草，漢使斷腸對歸客。
古戍蒼蒼烽火寒，大荒沈沈飛雪白。
先拂商弦后角羽，四郊秋葉驚摵摵。
董夫子，通神明，深山竊聽來妖精。
言遲更速皆應手，將往復旋如有情。
空山百鳥散還合，萬里浮雲陰且晴。
嘶酸雛雁失羣夜，斷絕胡兒戀母聲。
川爲靜其波，鳥亦罷其鳴。
烏孫部落家鄉遠，邏娑沙塵哀怨生。
幽音變調忽飄灑，長風吹林雨墮瓦。
迸泉颯颯飛木末，野鹿呦呦走堂下。
長安城連東掖垣，鳳凰池對青瑣門。
高才脫略名與利，日夕望君抱琴至。
<End Poem>
<Translation>
蔡女（さいじょ）が、昔（むかし）、胡茄（こか）の曲（きょく）を作（つく）って、一曲（いっきょく）を十八段（じゅうはちだん）とした。胡人（こじん）はその曲（きょく）を聞（き）いて涙（なみだ）を流（なが）してその辺地（へんち）の草（くさ）をぬらし、漢（かん）の使者（ししゃ）はその曲（きょく）を聞（き）いてはらわたを断（た）ち切（き）られる思（おも）いで、漢土（かんど）の故国（ここく）に帰（かえ）る人（ひと）に向（むか）かいあった。古（ふる）いとりでは黒々（くろぐろ）として、のろしの火（ひ）も冷（つめ）たく、僻遠（へいえん）の地（ち）は暗（くら）く沈鬱（ちんうつ）として、吹（ふ）き飛（と）ぶ雪（ゆき）が白（しろ）い。その荒涼（こうりょう）たる風物（ふうぶつ）の中（なか）で、胡笳（こか）の曲（きょく）はまず商（しょう）の弦（げん）をかなで、その後（あと）で角（つの）と羽（は）の弦（げん）を奏（そう）すれば、四方（しほう）の原野（はらの）の秋（あき）の木（き）の葉（は）はそのひびきにざわめいて、音（おと）を立（た）てて散（ち）る。

董夫子（とうふうし）よあなたの琴（こと）はこの世（よ）のものならぬ神技（かみわざ）にも近（ちか）いものであるから、深（ふか）い松（まつ）の林（はやし）に、こっそりとあやしい精霊（せいれい）も聞（き）きにやって来る。その音（おと）は或（ある）いは遠（とお）く、また或（ある）いは速（はや）く、すべて手（て）の動（うご）きにまかせて自在（じざい）に演奏（えんそう）され、今（いま）まさに往（い）くかと思（おも）えばまた立（た）ちかえって、深（ふか）い情（じょう）をたたえているようである。また、人気（ひとけ）のない山（やま）に多（おお）くの鳥（とり）が散（ち）ったり集（あつ）まったりし、はるかに浮（う）かぶ雲（くも）は、曇（くも）ってはまた晴（は）れる。そしてまた、そのいたましいひびきはあわれにさびしく、幼（おさな）い雁（がん）が群（む）れを見失（みうしな）ったその夜（よる）の鳴（な）き声（こえ）のようであり、遠（とお）く親子（おやこ）の間（あいだ）を切（き）りさかれた胡人（こじん）の子（こ）が、母（はは）を恋（こ）い慕（した）う声（こえ）のようでもある。川（かわ）は琴（こと）の音（おと）によってその波（なみ）を静（しず）かにし、鳥（とり）もまたその鳴（な）くことをやめる。ウソンの部落（ぶらく）ではこれを聞（き）けば、故郷（こきょう）の遠（とお）いことが思（おも）われ、ラサの砂（すな）ぽこりの中（なか）では、哀（かな）しみ怨（うら）む心（こころ）がわき起（お）ころう。

琴（こと）のかすかに配ぶような音色（）は、その調（しら）べを変（か）えて、にわかに風（かぜ）が吹（ふ）き雨（あめ）が降（ふ）りそそぎ、大風（おおかぜ）が林（はやし）を吹（ふ）いて、雨（あめ）が屋根瓦（やねがわら）を落（お）とすようなひびきとなる。ほとばしる泉（いずみ）の水（みず）は、さっと梢（こずえ）にまで飛（と）び散（ち）って、野（に）の鹿（しか）も鳴（な）く声（こえ）を放（はな）って建物（たてもの）の下（した）に走（はし）り入（い）る。

長安（ちょうあん）の城壁（じょうへき）は、東側（ひかしがわ）の宮垣（みやがき）に続（つづ）いており、房給事（ほうきゅうじ）の勤務（きんむ）する中書省（ちゅうしょしょう ）に近接（きんせつ）する鳳凰（ほうおう）の池（いけ）は、その出入（でいり）する青瑣門（せいさもん）に向（む）かい合（あ）っている。すぐれた才能（さいのう）の人（ひと）房給事（ほうきゅうじ）は、すでに名利（めいり）の俗念（ぞくねん）を捨（す）て去（さ）っている。だからその人（ひと）は常（つねに）に、董大（とうだい）よ、君（きみ）が琴（こと）を抱（いだ）いて来（く）ることを待（ま）ち望（のぞ）んでいるのだ。
<End Translation>